「AI時代が来ているのに、進学校に行く意味などあるのか?」(その1)
2026.06.11
- その他
これは誰しもが思っていることですよね。
ここでは、一つの意見を載せておきます。
こんな時代にでも進学校を目指すべき意味は、知識の習得そのものよりも、AIに代替されない「人間的な能力」と「AIを使いこなす力」を徹底的に鍛えることにあると思っています。
進学校の受験や学習プロセスを通じて得られる価値は、主に3点に集約されます。
(※今回の投稿はこのうち「1つ目」に絞ります。)
1つ目:AIに負けない「人間ならではの能力」を磨く
AIが知識の整理や定型的なタスクを圧倒的なスピードで処理する時代だからこそ、人間は「人にしかできないこと」に注力する必要があります。
進学校を目指す過程では、高度な知識を扱うだけでなく、それを超えた能力が養われます。
例えば、「感情や倫理観」・「モチベーションの育成」です。
もし、AIが圧倒的な学力を持つ時代になっても、生徒の感情を動かせるのは人間だと思います。
教師(そして教育機関)の役割は、生徒一人ひとりと話し合い、適切な目標設定を助け、モチベーションを引き出し、カウンセリングやアドバイスを通じて並走することへと変化します。進学校での学習は、これらの人間的な交流や、高いレベルで切磋琢磨する環境を通じて、タフな精神力や倫理観を育みます。
「深く、贅沢に思考する力」も養われる力の一つです。
AIが情報整理や定型的な作業を肩代わりする目的は、単なる効率化ではなく、人間が「より深く、より贅沢に思考を遊ばせること」にあります。
進学校で求められる高度な学習は、情報に流されず自らの足で立つ知性、つまり知識を組み合わせて新しい問いを生み出す本質的な思考力を養います。