日本一楽しむ塾の
”まじめな”コラム

「AI時代が来ているのに、進学校に行く意味などあるのか?」(その2)

表題の問いに対して、こんな時代にでも進学校を目指すべき意味は、知識の習得そのものよりも、AIに代替されない「人間的な能力」と「AIを使いこなす力」を徹底的に鍛えることにあると思っています。

進学校の受験や学習プロセスを通じて得られる価値は、主に3点に集約されます。

(※今回の投稿はこのうち「2つ目」「3つ目」になります。)

2つ目:AIを「使う側」になるための知識と経験


AIが東大Ⅲレベルの共通テストの最高得点をたたき出すようになった今、「テストの点数を取ることは人がすることではなくなっている」という認識が広がっています。

しかし、これは知識の勉強が不要になったことを意味しません。

・「操縦士」としての役割

AIは様々な情報や選択肢を提示しますが、最終的に「何をどうするのかを決める」のは人間の役割です。進学校の厳しい学習を通じて、AIが出した情報や選択肢の良し悪しを判断し、それを活用して創造的なアウトプットを出す「メインの操縦士」としての能力が養われます。

・AIに使われないための知識

AIが人間の仕事を奪うのではなく、AIに「あれしなさい・これしなさい」と一生言われる立場にならないように、今のうちに勉強しておく必要があるという考え方もあります。高いレベルの教育を受けることで、AIが活用される時代であっても、自分自身で仕事を見つけていけるタフな社会人になることができます。


3つ目:最短距離ではない「人生の経験」としての教育

「教育は生活の準備ではなく、生活そのものである」という考え方があります。進学校での学びは、単なる将来の成功への準備ではなく、「今この瞬間に人間として最大限に成長し、充足すること」を目的としています。

最短距離を走ることだけが正解ではないという認識のもと、受験勉強という大きな課題に自律的に向き合う経験は、生徒たちが自ら答えを掴み取るための貴重な「生活」の経験となります。

以上が、私が考える、AI時代に進学校を目指す、しいては勉強する意義になります。ご参考に。

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