信貴先生
- 英語
- 国語
- 社会
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2025年授業大会3位
- 出身大学
- 近畿大学 日本文学科
- 学生時代の部活動・打ち込んでいたこと
- 6年間帰宅部でしたが、必ずホームに帰るという熱い思いだけは、野球部にも負けませんでした。
- 子どものころの夢
- ハイパーメディアクリエイター
- いつかは挑戦したいこと
- ドラゴンに乗りたいね、今年中に。
金澤先生が語る、
信貴先生ってこんな人!
全部にプロフェッショナル
信貴先生といえば「お笑い」。
イベントも脱出ゲームも月末会議の小ネタも全部全力でやってくださいます。
また得意教科である国語もプロフェッショナル。
特に指示語の授業については、お笑いはもちろん国語としての内容も、信貴先生の全てが詰め込まれています。
緑の人魚が特徴の某コーヒーチェーン店にいくと、どこからか信貴先生の声が聞こえてくるようです。
国語だけでなく、英語の授業もおもしろいのが信貴先生のすごいところ。
あらゆるもの下調べをして、構成を考えて研究して完成される授業はもう一つの「作品」です。
その丁寧さは、生徒へのノートのコメントにも表れています。
是非、信貴大一の単独ライブ、じゃなかった授業を体験してください!
昴塾ストーリー
~私が塾の先生になった理由~
私の両親は3歳の時に離婚しており、私は父親の顔を知らずに育ちました。
唯一の父の情報はと言えば、祖父が酒に酔った際にこぼした、「お前の父ちゃんと母ちゃんは面白くて、二人が喋ったら漫才みたいやった」という言葉だけでした。
小学4年生だった私は安易に「将来は漫才師になって、自分のライブでもう一度家族を笑顔で集合させよう!」という夢を描きました。
18歳になると、母から大学に行くことを条件に、芸人養成学校に通わせてもらえることになりました。
それから10年後、吉本興業から初の単独ライブの許可を受け、探偵に父の居場所を探してもらい、ライブに父と母を招待しました。
こうして私は、たった2時間のライブ中だけですが、25年ぶりに信貴家を「笑顔」で集合させるという夢をかなえました。
その時に両親からもらったお客様アンケートは、一生の宝物です。