名村先生
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授業大会殿堂入り
- 出身大学
- 同志社大学商学部
- 学生時代の部活・打ち込んでいたこと
- 野球部、陸上部(1500m走)
- 子どものころの夢
- 学校の先生
- いつかは挑戦したいこと
- バイクで日本一周
鈴木先生が語る、
名村先生ってこんな人!
歴史上の人物がここに!
みなさんには、今まさに、歴史上の人物に逢える またとないチャンスが訪れています!
その名も『名村拓也』兵庫県で産声を上げてからの半世紀を少しだけ皆様へご紹介しましょう。
あの超名門、姫路西高校を中途半端?な成績で卒業し、西日本私立の雄 同志社大学へ進学。みなもうらやむ大手企業キーエンスへ入社、輝かしい人生を謳歌する予定が、それでも満足がいかず、自らの評価が忖度なく表れる教育業界という畑へ足を踏み入れます。
毎日欠かさぬ授業予習とロールプレイ、生徒保護者との面談や訪問で信頼を積み重ね、滋賀県では名村拓也の名を知らない人が果たして存在するのだろうか? いや まだかなりいる!という反語までをも自身のエネルギーに転化する不屈の精神力。
それでも、目の前にいる人々を満足させたいとの熱い気持ちは収まらず、無理を承知で、自己研鑽とその先にあるものをつかみ取るため、常に問いとチャレンジを繰り返すバイタリティーはさらに燃え上がります。
あの有名な漫才の登竜門M1へ出場し、これほど静まり返った大勢の人を見たのは初めてだったと 一回戦敗退。
デールカーネギーの精神へ憧れ、ノウハウを習得すべく研修へ参加、デールカーネギートレーニング西日本トレーナーを取得。また、大谷翔平さんも取り組まれている原田メソッドの認定パートナーまでをも取得。
さらにさらに、自身の想いを世に伝えたいとの一心で執筆。これまでに、『プレゼンの技法』『親と子で育て合う 5つの力と20の視点』というタイトルで本まで出版。
これらのチャレンジはほんの一部。
相手の期待を上回る出会いへの努力には枚挙にいとまがありません。
趣味は 『アウトドア キャンプ』 好きな食べ物は 『うなぎ』 歩く速さと食べる速さはマッハ3。
ご飯を飲み込んでるでしょう~と突っ込まれる日々を過ごす偉人。
飛行機に乗ると足が震え、地に足がつくと本領発揮。
とにかく、そのエネルギーオーラはケンシロウ?いやラオウ?をも上回るほど放ちまくられ、周りにいるだけでやる気にさせてくれるパワーがそこには存在します。
それは、七転八倒の人生を歩みながらも、まだまだチャレンジを続けるという 誰よりも熱く密な時を過ごそうと意識し動いているからこそ、育まれ習得され持ち合わせられ、そして与えられるもの。それらを利他の精神で還元していく姿がそこにあります。
まさに、名村先生の歩んできた人生が歴史の教科書へ載るほどの七転八倒人生と言っても過言ではありません!
せっかくいただいた命。燃え尽きるまで、いや燃え尽きたであろう後もまた燻り始める熱量!
そんな名村先生、実は大の歴史好き。
『歴史は過去のできごとではありません。それは、私たちが今生きているこの世界の『物語』です。この授業では、教科書に載っている年号や人物名だけではなく、なぜその事件が起こったのか、当時の人々はどんなことを考えていたのかを、まるで小説を読み解くように一緒に探求していきます。歴史を『暗記科目』だと諦めているあなたにこそ、過去の壮大なストーリーを体験してほしいと思います!』との発声後は、真剣さと爆笑の緩急入り乱れる名村ワールド。時間という概念って存在するの?と その世界へ惹き込まれること請け負い。
ぜひ、名村先生に会いに来てみてください!人生変わるかもしれませんよ。
お待ちしております。
昴塾ストーリー
~私が塾の先生になった理由~
中学校の時の塾の先生がとにかく「分かりやすく」教えてくれたことに感動しました。
分かりにくいことをここまで分かりやすく教えられる塾の先生を尊敬していましたが、自分には学校の先生が向いているのだろうとは思っていました。
ただ大学生の時に、アルバイトを通じて塾の先生の方が「自分の個性」を発揮できる場なのではないかと思い始めました。
一般企業に就職して深く思ったのは、「社会では、学力以外にも大切なことがたくさん存在するので、子どもたちにはその思いを存分に伝え、勉強を通じてその力を付けてあげたい」ということでした。
その思いを伝えることができるのは学校ではなく塾であると確信し、塾の講師として研鑽してきました。
中学3年生のサッカー部の男の子の進路指導の時、お父様から「この子の将来は先生に託しますので、先生がもっとも良いと思われる高校を受験します。よろしくお願いします」と言われた時はとても感動しました。
また、卒塾した女の子が大学生になりイギリス留学する際、ご家族に手紙を書いて旅立たれたそうですが、2人の弟に「お姉ちゃんに何かあった時は名村先生に相談に乗ってもらいなさい」と書いてくださっていたことを後日お母様から伺った時は胸が熱くなりました。